【コラム】喘息の薬をやめてもいい? 吸入治療と最新の研究からわかること

用語の簡単解説

ICS(吸入ステロイド薬)
気道の炎症を抑える薬。喘息治療の基本。

SABA(短時間作用型β₂刺激薬)
発作時に使う吸入薬。気管支を広げて症状を素早くおさえる。炎症を抑える作用はない。

ホルモテロール
即効性がある長時間作用型β₂刺激薬(LABA)。ICSと一緒に使うと、発作時にも効きやすい。単独では炎症を抑える作用はない。

1. これまでの考え方:毎日治療が当たり前だった

喘息は「気管支の慢性的な炎症」によって起こる病気です。
症状が出ていないときでも、気道の中では炎症が続いていることが多いため、これまでの日本のガイドラインでは「毎日、予防薬(コントローラー)を吸入して炎症を抑える」ことが原則でした。

毎日の治療 → 気道の炎症を抑え、発作を防ぐ

発作時のみ吸入 → 炎症が悪化してから治療するので遅い

このため、日本では「症状がないから薬をやめる」というのは推奨されてきませんでした。

2. GINA2024の新しい考え方

世界的に使われている喘息治療ガイドライン「GINA(Global Initiative for Asthma)」の2024年版では、軽症の喘息患者さんに対して、新しい選択肢が示されました。

オンデマンド治療の提案

症状が出たときだけ、
ICS(吸入ステロイド)+ホルモテロール(即効性のある長時間作用型気管支拡張薬)
を一緒に吸入する方法です。

これにより、

  • 発作時に症状をすぐに抑える(ホルモテロールの効果)
  • そのタイミングで同時に炎症も抑える(ICSの効果)

つまり、「必要なときだけ薬を使うのに、再発も予防できる」可能性があるという考え方です。

3. なぜこの方法が注目されているのか(元論文)

この新しい治療法は、SYGMA試験という大規模研究で検証されました。

比較した方法
① 毎日ICSを吸う+発作時はSABA(従来型)
② 症状が出たときだけICS+ホルモテロール(新しい方法)

結果

  • 主要評価項目の年間の発作回数については、②のオンデマンド治療は①の毎日ICS治療と同等でした。
  • 吸入ステロイドの使用量は 約80%少なくできた。
  • 副次的な評価項目である、全体的な症状コントロールにおいては②のオンデマンド治療は①の毎日ICS治療と比べて比べて、劣っていました。

なお、ICS+ホルモテロールのオンデマンド治療と、毎日のICS+SABA頓用のどちらがよいかについては、まだ議論が残っています。
ただし、絶対に避けるべきなのは「SABA単独での発作時使用」です。
SABA(メプチンエアーなど)だけでは気道の炎症を抑えられず、むしろ発作を悪化させるリスクがあることが研究で示されています。

参考論文
O’Byrne PM, et al. “Inhaled Combined Budesonide–Formoterol as Needed in Mild Asthma.” NEJM 2018; 378:1865-1876.
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1715275

この結果から、GINAでは「軽症喘息患者では、症状があるときだけICS+ホルモテロールを使う」という新しい選択肢が追加されました。

4. 日本の現状:保険適応の制限

  • ただし、この治療法は日本ではまだそのまま導入できません。
  • 日本でICS+ホルモテロールの配合薬は シムビコートしかありません。
  • 保険適応上、シムビコートは毎日使用することが前提です。
  • 発作時だけ使う「オンデマンド使用」は、保険適応の範囲外です。

したがって、私たち医師の立場としては、
「オンデマンド治療がGINAで推奨されている」としても、現時点で正式にはすすめられません。

5. 臨床現場での現実:患者さんの自己判断

ただ、実際の臨床現場では次のようなケースがあります:

  • 患者さんが「症状がないときは薬を使わない」という自己判断をしている
  • そのうちの一部は、結果的に症状コントロールがうまくいっている

GINAの考え方は、こうした現場の実感とも一致している

ただし注意が必要です。
研究では「発作を防ぐ効果」は同等でしたが、日常の症状を安定させる点では、毎日ICSを続ける維持療法のほうが優れていると考えられています。

さらに、患者さん自身は「軽い喘息」と思っていても、実際には炎症が進んでいて、急に悪化して入院が必要になるケースを多数経験しています。

そのため、症状が少ないからといって自己判断で薬を中止するのは非常に危険です。薬の減量や中止を考えるときは、必ず主治医に相談してください。

6. まとめ:今後の治療は変わるかもしれない

  • 日本では現在、原則として毎日の吸入治療が推奨されている
  • ただし、世界的には「症状時のみICS+ホルモテロールを使う方法」も有効だとするデータが出てきている
  • 今後、日本の保険適応やガイドラインが変われば、治療方針が変わる可能性がある

患者さんご自身の判断で薬を減らす前に、必ず主治医と相談してください。