令和4年度 ぜん息講演会にて講演いたしました

講演会:「ぜん息って何?-治療から自己管理まで-」

令和5年3月13日(月曜日)、名古屋市高齢者就業支援センターにて当クリニック芝﨑正崇院長が「ぜん息って何?-治療から自己管理まで-」について講演をいたしました。
名古屋市内在住・在勤(在学)の多くの方にご参加いただきました。皆様ご清聴ありがとうございます。
ご興味のある方は、ご一読ください。何かのご参考になれば幸いです。
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目次

ぜん息って何?-治療から自己管理まで-

1: そもそも喘息とは、喘息の歴史

喘息とは何か、そもそも何という質問ですが、端的に言うと「私にもわかりません」。呼吸器内科を25年やっていますが、やればやるほどわからなくなるのが喘息です。ただ、この講演会でそれを言ったらおしまいですので、私のわかる範囲で説明をいたします。

喘息の「喘」という文字は「あえぐ」、つまり「激しく呼吸する」という意味です。英語の「Asthma」の語源は古代ギリシャ語の「ἆσθμα(激しい息)」と言われています。喘息は昔からある病気で、人類の歴史とともに存在してきたことがわかっています。

古代エジプトの紀元前1550年頃の医学パピルスには、すでに喘息治療の記述があります。当時、薬はなく、さまざまな食べ物を組み合わせたり、お香を調合して、それらを飲んだり吸引したりする方法が取られていました。

古代ギリシャ語で「喘ぐ」を意味する「喘息」という言葉は、紀元前8世紀末に盲目の吟遊詩人ホメロスが『イリアス(Ilias)』で使用したのが最初とされています。これ以降、古代ギリシャの文献に「激しい息」という意味の言葉が見られるようになります。これは、当時の一般市民の中に喘息という概念が存在していたことを示唆しています。

紀元前450年には、「医学の祖」と呼ばれるヒポクラテスが喘息について科学的な記述を残しました。彼は著書の中で、喘息が「仕立て屋」「漁師」「金細工師」に多く見られ、気候や遺伝的要因とも関係していると述べています。これは、それまで喘息を神の呪いや呪術的なものと考えていた時代からの大きな進歩でした。

東洋では、漢方の基礎である『黄帝内経(こうていだいけい)』という本の「素問(そもん)」という部分に喘息についての記載があります。また、日本では西暦930年頃に編纂された日本最古の漢和辞典『和名類聚抄(わみょうるいじしょう)』にも喘息の記述が見られます。

2: 喘息の定義の変遷

気管支喘息が何かという定義は時代と共に変遷しています。もともと気道(鼻から肺までの空気の通り道、気管支とも呼ばれる)が狭くなる病気だということは知られていました。

しかし、1962年に米国胸部疾患学会(American Thoracic Society:ATS)は、喘息には「可逆性のある気道狭窄」だけでなく、「気道過敏性の亢進」が存在することを明確にしました。気道の狭窄とは、空気の通り道が狭くなることを指します。気道の過敏性とは、外界からの異物を感知するセンサーが過剰に反応してしまう、いわば気道の知覚過敏状態のことです。これが喘息の特徴とされています。

さらに、この時期から喘息は「気道の炎症」と関連して考えられるようになりました。炎症とは、例えばケガをした部分が充血して赤くなり、腫れて痛む状態のことです。喘息では気道に慢性的(長期間にわたる)な炎症が起きている状態とされます。

1970年代には、気道の炎症を抑える治療が試みられました。ステロイド薬を吸入することで、全身への影響を抑えながら少量で長期間使用できるようになりましたが、この時点では普及しませんでした。1992年のインターナショナルコンセンサスレポートで、喘息は「気道の慢性炎症性疾患」と記載されました。翌1993年には日本でも喘息治療予防ガイドラインが発行され、喘息の慢性炎症という概念が一般化しました。

1995年にはGINA(Global Initiative for Asthma Strategy)が、気道の「リモデリング」という概念を提唱しました。気道が長期間炎症を起こし続けることで、組織が変性し、元に戻らなくなる状態です。

現在の気管支喘息の定義は以下の通りです。「気管支喘息は、気道(空気の通り道)に慢性(長期間)炎症が起き、炎症によって気道が腫れ、狭くなる疾患です。この炎症の影響で、症状は良くなったり悪くなったりします。症状としては、気道の狭窄によりヒューヒューという喘鳴、呼吸困難、咳嗽などが現れます。」正常な状態では気道の粘膜に腫れはありませんが、慢性炎症が続くと常に腫れた状態になります。

喘息と気道炎症のイラスト。正常な気管支、気管炎症、喘息発作、リモデリングによる変化が示されている。
喘息による気道の変化。炎症により気道が狭くなり、喘息発作時にはさらに気道が収縮し、呼吸困難を引き起こします。

発作が起きると、粘膜の外側の平滑筋が収縮し、腫れがひどくなり、分泌物も増えるため、呼吸困難が起こります。発作を抑える薬で平滑筋の収縮は一時的に改善されますが、気道の炎症そのものを治療しないと長期間続く炎症が「リモデリング」を引き起こします。こうなると気道が変性し、元に戻らなくなります。我々呼吸器内科の専門医は、この状態になるのを防ぐために、気道の炎症を抑える治療を提案しています。

喘息の症状は「水面に見える氷山の一角」に例えられます。症状の下には慢性の気道炎症が潜んでおり、症状だけを取り除いても炎症が増悪し、再び症状が現れます。したがって、水面下の炎症を治療することが重要です。

3: 喘息の疫学

喘息と診断されて継続して治療を受けている方は、本邦でおよそ100万~120万程度でございます。この数は大きな変化はありません。これは「受療率」と呼ばれ、医療機関にどの程度患者様が受診しているかを示す数値でございます。この数値は減少傾向にありますが、これは薬剤が大きく進歩し、発作による予定外受診が減少したためと考えられています。

次に「有症率」です。これは、過去12ヶ月以内に「ゼイゼイ」「ヒューヒュー」したことがありますか?という問いに「はい」と答えた場合、国際的に「喘息症状あり」として有症率に加えられるわけです。おおむね、全人口の8~10%程度、つまり約1000万程度の方が喘息症状を過去1年以内に経験したと考えられます。

小児では男児が多い傾向にありますが、成人以降は男女でほぼ同数、やや女性が多い傾向がございます。

喘息死亡数についてですが、1950年代には年間1万人以上の死亡が報告されていましたが、2019年では1480人まで減少しています。この減少は、吸入ステロイドを中心とした治療の進歩の結果と考えられます。ただし、先進国の中では日本は依然として喘息による死亡数が多い国であるという課題がございます。

4: 喘息の診断

喘息には、糖尿病での血糖値や高血圧症での血圧値のような、明確な診断基準(ゴールデンスタンダード)は存在しません。では、どのように診断するかといいますと、典型的な喘息症状から予測し、他の疾患ではないことを証明して診断を確定していく流れとなります。

喘息らしい症状としては、喘鳴(ゼイゼイという音)、息切れ、咳、呼吸困難などが複数あり、これらが変動性を持って現れたり消えたりを繰り返します。例えば、肺炎や肺がんの場合、症状が完全に良くなることは少ないですが、喘息の場合は炎症がある程度引くことで症状が軽快することがあります。

また、症状が出る時間帯も重要です。喘息は夜間や早朝に増悪することが多い傾向にあります。逆に、目覚めて体を起こした後に増悪する場合は、本当に喘息かどうか疑う必要がある場合もあります。

喘息の症状は、感冒(風邪)、運動、アレルゲンの曝露、天候の変化、笑い、大気汚染、冷気、線香の臭い(強い臭気)などによって誘発されることが多々見られます。

最後に重要なのは胸部写真の撮影です。肺炎、肺結核、肺がんなどの明らかな異常がないことを確認する必要があります。これを怠ると、重大な診断ミスにつながる可能性があります。

喘息発作が起こりやすい時間帯についてですが、最も多いのは早朝です。一方、一般の病院の診療時間帯では発作の頻度は比較的少ない傾向にあります。そのため、外来受診時に喘鳴が聞こえなくても、それだけで喘息ではないとは断定できません。

5: 喘息の検査

喘息は検査だけで診断することはできません。あくまでも状況証拠を積み重ねて診断に近づく手段のひとつです。ここでは、主な検査として以下を説明します。

  • スパイロメトリー
  • 呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)
  • ピークフローメータ
  • アズマコントロールテスト(ACT)

スパイロメトリー

スパイロメトリー装置の画像
スパイロメトリー装置は、最も基本的な呼吸機能検査のひとつです。

スパイロメトリーは最も基本的な呼吸機能検査です。評価項目として以下の内容があります。

  • 努力性肺活量(FVC): 最後まで息を吐き切ったときの量(単位: リットル)
  • 1秒量(FEV1): 最初の1秒間に吐ける量
  • 1秒率(FEV1/FVC): 1秒量を努力性肺活量で割った割合

正常値として、1秒率が70%以上、基準値に対する割合が80%以上であることが基準となります。
治療によって1秒量が12%以上、かつ200ml以上改善した場合、「気道狭窄に変動性がある」と判断されます。

呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)

呼気中一酸化窒素濃度(FeNO)の画像

FeNO測定は、気道の好酸球(アレルギー性炎症に関与する細胞)による炎症の程度を測定します。
簡便で患者様への負担が少なく、迅速に結果が得られる検査ですが、測定時の呼吸条件を統一する必要があります。

  • 37以上: 明らかな陽性と判断
  • 数値が低下: 治療効果を反映
  • 数値が上昇: 喘息が増悪している可能性

ピークフローメータ

ピークフローメータの画像

スパイロメトリーの簡易版で、患者自身が自宅で測定可能な検査です。一日に何回でも測定できるため、日内変動を把握できます。
一般的には、朝起きたときと夜寝る前に測定を行い、その差から日内変動率を求めます。

  • 正常値: 予測値の80%以上、または変動率20%未満
  • 異常値: 予測値の80%未満、または変動率20%以上

アズマコントロールテスト(ACT)

ピークフローメータの画像

ACTは喘息の症状や発作治療薬の使用状況を問診するための質問票です。以下の基準でコントロール状態を評価します。

  • 25点: 十分なコントロール
  • 20〜24点: コントロール良好
  • 19点以下: コントロール不良

診療の現場では、総合評価の点数が満点に近い場合でも、満点を避ける心理が働くことがあるため、慎重に解釈します。

6:喘息の診断

まず、典型的な症状として、発作性の呼吸困難、喘鳴、胸苦しさ、咳(特に夜間や早朝に出やすい)などが繰り返し現れるかを確認します。次に、可能であればスパイロメトリーやピークフローを用いて、変動性・可逆性の気流制限があるかを証明します。

気道過敏性については、有害物質を吸入して反応を確認する検査がありますが、リスクを伴うため、一般の診療所では実施が難しい場合があります。そのため、多くの場合は問診によって推測します。

気道炎症については、好酸球性のアレルギー性炎症を呼気中の一酸化窒素濃度測定で調べることが可能です。好酸球性炎症が確認されれば、診断において非常に有用です。また、アトピー素因がある場合は喘息の傍証となります。最も重要なのは、喘息以外の疾患(肺がん、肺炎、肺結核など)を除外することです。

ただし、検査が難しい場合、症状から喘息が疑われる場合には、まず胸部写真で他の命に関わる疾患を除外します。その上で、炎症を抑える吸入ステロイド薬と、気管支拡張作用のある長時間作用型β刺激薬の合剤を試用し、その効果を観察する方法が非常に有用です。

明らかな喘鳴がなく、薬の効果が微妙な場合でも、治療を一旦中止して悪化を確認し、再度治療を行い改善するようであれば、治療の再現性から喘息と診断できます。

7:喘息とコロナの関係

喘息患者は新型コロナに罹患しやすいかという点についてですが、世界各地で新型コロナと診断された方の中にどれくらいの喘息患者がいたかという割合を調査した結果がございます。コロナと診断された方の中で、喘息を持っている方の割合は、その地域の一般の喘息罹患率よりも低いことがほとんどでした。このことから、喘息を持っているとコロナにかかりにくい可能性があるとも考えられます。少なくとも、喘息を持っているからといって、コロナにかかりやすいということはないと言えます。

喘息の方が新型コロナにかかりにくい理由として、喘息患者ではACE2受容体発現が低下していることが挙げられます。新型コロナウイルスは、この細胞膜上のACE2受容体に結合し、細胞内にその遺伝子を注入します。喘息患者では、このACE2受容体の発現が低下しているため、ウイルスが侵入する入り口が狭くなっている可能性がございます。

では、新型コロナにかかると喘息は悪化するのかという点についてですが、いくつかの研究結果がございます。喘息患者がコロナに感染した場合、入院後30日間の人工呼吸器使用率や集中治療室利用率が高くなるという研究があります。しかし、喘息患者だからといって致死率が上昇するというデータはございません。

ただし、16歳以上の重症喘息患者では致死率が上昇することがわかっています。経口ステロイドを連用している例、これは吸入ステロイドだけでは管理できないため重症喘息といえますが、そのようなケースでは死亡リスクが高くなるというデータがあります。つまり、喘息そのものが致死率を上げるわけではありませんが、重症喘息の場合には重症化や死亡リスクが上昇するといえます。

8:喘息の治療

喘息は古くから知られている疾患で、昔から様々な治療法が試されてきました。吐かせる薬、下剤、浣腸、鼻への刺激、さらには薬草(特にアルカロイド、現在でいう抗コリン剤)などが使用されてきました。19世紀までには、大麻が喘息患者に使用されていましたが、発作時に使用すると具合が悪くなるといわれていました。

紀元前には、中国で「麻黄」という薬草が使用されており、これは現在も咳止めや市販薬に含まれる「エフェドリン」という成分です。19世紀末には交感神経β受容体刺激剤「アドレナリン」が登場し、気管支を広げたり、血圧を上げたりする薬として重要視されました。1920年代には、テオフィリン(お茶の葉に含まれるアルカロイド)が喘息に有効であることが知られるようになり、1950年代には副腎皮質ステロイドホルモン「コーチゾン」が喘息治療に効果があるとわかりました。

1970年代には気道炎症を抑える吸入ステロイド剤が登場し、これにより現在の喘息治療の基本的な薬剤が揃いました。

喘息治療は徐々に進歩してきました。かつては発作治療が中心でしたが、気道の慢性炎症が喘息の根本であることが証明されて以降、吸入ステロイドが第一選択薬として普及しました。1993年には日本で「喘息の管理予防ガイドライン」が発行され、吸入ステロイド薬が推奨されました。その後、2000年にはロイコトリエン受容体拮抗薬、2007年には吸入ステロイド薬と長時間作用型β刺激薬の配合剤が登場し、治療の継続率向上に寄与しました。

2009年には生物学的製剤「オマリズマブ(ゾレア)」が発売され、2015年には重症喘息に対する「気管支サーモプラスティー」が保険適用されました。同年、長時間作用性抗コリン薬も成人喘息の治療に適応され、現在では吸入ステロイド薬とこれらの薬剤を組み合わせた配合剤が使用されています。

2016年以降も新しい生物学的製剤が次々と開発・発売されており、喘息治療はさらに進化を続けています。