【コラム】インフルエンザ治療について

― 当院の方針と、抗インフルエンザ薬のエビデンスの話 ―

今シーズンはインフルエンザB型の流行がみられています。毎年この時期になると、「インフルエンザと診断されたら、必ず薬を飲まなければいけないのか?」という質問をよく受けます。

結論から言うと、インフルエンザは、重い合併症がない場合、多くは薬を使わなくても自然に回復する感染症です。そのため当院では、「検査で陽性=全員に抗インフルエンザ薬を処方する」という一律の対応はしていません。患者さん一人ひとりの状態を見たうえで、薬を使う場合と、使わずに経過を見る場合を選択しています。


抗インフルエンザ薬を「使う場合」「使わない場合」

■ 薬を使うことを考える場合

以下のような場合には、抗インフルエンザ薬の使用を積極的に検討します。

  • 高熱や強い倦怠感など、症状がつらい場合
  • 発症からあまり時間が経っておらず、早期治療が見込める場合
  • ご高齢の方、基礎疾患(心疾患・呼吸器疾患・糖尿病など)のある方
  • 仕事や学校などの事情で、できるだけ早く回復したいというご希望が強い場合

抗インフルエンザ薬は、発症後早い時期に使用した方が効果が期待しやすいとされています。そのため、受診のタイミングや症状の経過も考慮したうえで、使用の可否を判断しています。

■ 薬を使わず経過を見る場合

一方で、以下のような場合には、無理に抗インフルエンザ薬を使わず、解熱剤などの対症療法と経過観察とすることもあります。

  • すでに解熱し、全身状態が明らかに改善している場合
  • 発症から時間が経過しており、自然軽快の経過にある場合
  • ご本人が「薬は使わずに様子を見たい」と希望される場合

ただし、一時的に熱が下がって楽になっているだけで、その後に再び悪化するケースもあります。診察時には症状の経過を丁寧に確認し、患者さんのご意向も踏まえたうえで、治療方針を一緒に決めています。

また、ご家族がインフルエンザにかかった場合の予防内服についても、状況に応じて対応しています。


■「発症後48時間以内」の扱いについて

抗インフルエンザ薬は、一般に発症早期に使用するほど効果が高いとされています。そのため、添付文書や各種ガイドラインでも、発症後できるだけ早期の投与が推奨されています。

一方、実臨床では、発症時刻がはっきりしない/受診のタイミングが遅れてしまう/症状や全身状態を踏まえて治療介入を検討したい、といったケースも少なくありません。

当院では、原則として添付文書の記載や推奨を踏まえたうえで、発症からの経過、症状の程度、基礎疾患の有無などを総合的に評価し、患者さんと相談しながら治療方針を決定しています。治療の適応については、画一的に判断するのではなく、医学的妥当性を重視しつつ、個々の状況に応じて慎重に判断しています。


抗インフルエンザ薬は「どれが一番効く」のか?

現在、日本で使用できる抗インフルエンザ薬には複数の種類があります。「新しい薬の方が、古い薬よりよく効くのでは?」と思われがちですが、臨床試験の結果を見ると、実はそこまで単純ではありません。ここで重要になるのが、臨床試験の設計です。

非劣性試験とは何か

新しい薬の臨床試験には、大きく分けて2つの考え方があります。

  • 優越性試験:既存の薬より「明らかに優れている」ことを証明する試験
  • 非劣性試験:既存の薬と比べて「明らかに劣っていない(大きく負けていない)」ことを証明する試験

インフルエンザ治療薬の多くは、タミフル(オセルタミビル)に対して“勝つ”ことが難しいため、最初から非劣性試験として設計されています。つまり、臨床効果としてはタミフルと同程度であることを示したうえで、「1回の内服で済む」「吸入1回で済む」などの利便性が評価されているという位置づけです。「新しい薬=臨床的に明らかに優れている」という意味ではありません。

「ウイルス量が早く減る」という話の正確な位置づけ

バロキサビル(ゾフルーザ)などについて、「ウイルス量がタミフルより早く減る」という話を耳にしたことがある方もいるかもしれません。ただし、この“ウイルス量の減少”は、臨床試験の主要評価項目(プライマリーエンドポイント)ではなく、副次的評価項目(セカンダリーエンドポイント)として測定されたものです。

臨床試験では、事前に「どの指標で優劣を判断するか」を決め、その主要評価項目で差が出た場合のみ、正式に「優れている」と評価されます。バロキサビル(ゾフルーザ)の試験では、症状改善までの時間など、臨床的に重要な指標において、タミフルに対する優越性は示されておらず、あくまで“同等(非劣性)”という位置づけです。

副次評価項目で差が出たからといって、「ウイルスをより早く減らすことが正式に証明された」「臨床的にタミフルより優れている」と結論づけることはできません。

それでも、理屈として考えると…

あくまでも私見ですが、作用機序を考えると、バロキサビル(ゾフルーザ)の、ウイルスの増殖過程を初期段階で抑える薬であることは事実であり、体内のウイルス量がオセルタミビル(タミフル)に比べて、早く低下していることは、事実だと考えています。

ただし、これは、臨床試験で正式に「タミフルより臨床効果が優れている」「ウイルス量をより早く減らすことが正式に証明された」と結論づけられた話ではありません。医療として重視すべきなのは、ウイルス量そのものよりも、症状がどれだけ早く改善するか、安全性はどうか、合併症を防げるかといった臨床的アウトカムです。


オセルタミビル(タミフル)と「異常行動」について

オセルタミビルについては、過去に「服用後の異常行動」が話題になりましたが、これまでの国内外の大規模調査では、異常行動はインフルエンザそのものによって起こることが多く、オセルタミビルの服用によって有意に増えるとは言えないとされています。

抗インフルエンザ薬を使用していない場合でも、インフルエンザの経過中に異常行動が報告されることがあります。このため、現在の医療現場では、オセルタミビル単独が異常行動の原因であるとは考えられていません。

ただし、インフルエンザ罹患中は、年齢にかかわらず注意が必要であり、発症後しばらくはご家族が様子を見守ることをお勧めしています。


当院の薬剤選択の考え方

当院では、院内採用薬としてオセルタミビル(ジェネリック)を基本としています。理由は、長年の使用実績がある/臨床効果が安定している/安価で入手しやすい、という点を重視しているためです。

他の抗インフルエンザ薬についても、臨床的に「明らかに劣っている」わけではなく、非劣性は証明されています。患者さんの希望や背景によっては、院外処方で他剤を選択することも可能です。

小児への投与:粉薬が現実的でないケースもある

37.5kg未満のお子さんには、成人用カプセルではなくオセルタミビル(タミフル)ドライシロップを体重に応じて調整して処方します。ただし、体重が30kgを超えてくると、必要量が多くなり、粉薬の量がかなり多くなることがあります。

そのため、「粉薬の量が多すぎて飲みにくい」「服薬コンプライアンスが保てない可能性がある」と判断される場合には、院外処方で他の抗インフルエンザ薬を選択することもあります。当院では、体重/飲みやすさ/ご家庭での服薬のしやすさ/効果発現までのスピードなどを総合的に考慮し、最適な薬剤を一緒に相談して決めています。


抗インフルエンザ薬の特徴まとめ(当院で処方可能:タミフルは院内、他は院外)

オセルタミビル(タミフル)

  • 投与方法:内服(カプセル/ドライシロップ)
  • 良い点:長年の使用実績/臨床効果が安定/価格が安い/小児にも使いやすい(粉薬)
  • 注意点:1日2回×5日間の内服が必要
  • 当院での扱い:院内処方の基本薬

ザナミビル(リレンザ)

  • 投与方法:吸入(1日2回×5日)
  • 良い点:全身への影響が少ない/耐性ウイルスが出にくい
  • 注意点:吸入操作が必要で、小児や高齢者では難しいことがある
  • 当院での扱い:院外処方

ラニナミビル(イナビル)

  • 投与方法:吸入(1回のみ)
  • 良い点:1回吸入で治療が完結/飲み忘れがない
  • 注意点:吸入操作が難しい場合がある/小児は補助が必要
  • 当院での扱い:院外処方

バロキサビル(ゾフルーザ)

  • 投与方法:内服(1回のみ)
  • 良い点:1回内服で治療が完結/飲みやすい
  • 注意点:耐性株の報告あり/臨床効果はタミフルと同等(非劣性)
  • 当院での扱い:院外処方

家族内感染・予防内服について

ご家族がインフルエンザに罹患した場合、基礎疾患のある方や重症化リスクの高い方については、予防内服を検討することもあります。これについても一律ではなく、生活環境やリスクを踏まえて個別に相談します。


最後に:本当に怖いのは“インフルエンザ後の合併症”

インフルエンザの治療は、「必ず薬を飲まなければならない」「新しい薬の方がよく効く」といった単純なものではありません。当院では、患者さんの状態とご希望を大切にしながら、医学的に妥当な選択肢を一緒に考えることを基本方針としています。

そして、インフルエンザそのものよりも注意すべきなのは、インフルエンザ後の合併症(肺炎、二次感染、基礎疾患の悪化など)です。とくに高齢者や基礎疾患のある方では、「熱が下がったあとに咳や息切れが悪化する」「元気が戻らない」といった経過には注意が必要です。

また、咳が1週間前後たっても改善せず続く場合には、感染後の気道過敏や、喘息の増悪、肺炎などの合併症が隠れていることもあります。そのような場合は、早めにご相談ください。

合併症については重要なテーマのため、別のコラムで詳しく解説する予定です。

※本コラムは一般的な情報提供を目的としています。症状や治療方針は個々の状況で異なりますので、詳しくは診察時にご相談ください。